ラオス国ウドムサイ県・ポンサーリー県プサーン(パザ)族村落調査

ラオス北部に暮らす少数民族・プサーン(自称:パザ)族の村々において、博士課程の李がフィールドワークを実施しました。


プサーン族は、ラオス最北のポンサーリー県とウドムサイ県にしか存在せず、この地域に暮らす数多くの民族のなかでも、とりわけ規模の小さい集団のひとつです。現時点での総人口は、私の概算ではおよそ2,600人にのぼります。

ラオス政府による民族分類では、プサーン族はアカ族の下位グループのひとつとされていますが、彼らは自分たちのことを「アカ」とはよばず、アカ族と婚姻を結ぶことも私の知るかぎりではありません。(これは、どちらも族内婚を好む集団であるためと考えられます。)また言語の観点からも、パザ語はアカ語諸方言と同じくSouthern Loloish(南部ロロ諸語)に属する姉妹語ではあるものの、互いに意思疎通がほとんどできないほどの差異があり、言語学の分野では別の言語として扱われています。

 


プサーン族は現在、ウドムサイ県ナーモー郡(A)に1つ、
ポンサーリー県サンパン郡(B)に5つ、計6つの自然村を形成しています。

 

調査地となったラオス北部の山岳地帯は、ジェームズ・C・スコットによって「ゾミア」と名づけられた地域の一部でもあります。この地には数百におよぶ民族が、それぞれ独自の言語と文化をもちながら、互いに複雑な影響を与えあって共存しています。とくに人口の少ない民族は、マルチリンガル(多言語話者)である特徴を共有しています。パザも例外ではありません。ポンサーリー県に住むパザ人の多くは、共通語のラーオ語に加え、周辺のプノーイ、ムチ、アカ、ホーのどれかのことばを話すことができます。一方、ウドムサイ県のパザ人には、それらの民族の言語を自由に使いこなせる人はほとんどおらず、そのかわりに、近隣に多く暮らすルー族やタイ・ダムなどのタイ系民族から文化的影響を受けてきたとされています。現在では、これらの民族と結婚することもめずらしくありません。

このように、人口の少ない「小民族」による文化的、言語的、そして人口学的実践(practice)に反映された多民族共生のダイナミックスに惹かれ、私はゾミアの険しい山々にはさまれたパザ人の集落へととびこみました。

2025年1月から約2ヶ月間、まずウドムサイ県ナーモー郡のサイサンパン村に住み込み、調査を行いました。今回が初めての長期滞在調査ということもあり、家系調査を主軸としながら、人びとにいろいろと聞き回ったり、村の社会生活の様子を観察したり、ときには料理などの共同作業から外されて心折れたり……マイペースながらも、村の人たちに受け入れてもらえるようがんばりました。

また、村の人口動態に関するデータに加え、現地(サイサンパン村)で使われているパザ語の語彙も少し調べました。この現地語と真剣に向き合う姿勢(村人たちの目にはおそらくそんなふうに映っていたでしょう)も、私と彼らとの間に橋をかけてくれたのかもしれません。

 

サイサンパン村では、毎年1月末から2月にかけて、地元のホー族(中国南西部からラオスに移住した漢人)、
タイ・ダム、ヤン族などとともに正月を祝います。大晦日(今年は1月28日)には、
どの家庭でも豚肉とマメ入りのちまき(タイ・ダム風、ラーオ語で
khao tom)をつくります。
塩も入っているため、1ヶ月以上保存できるとのことでした。

 

サイサンパン村を後にしてまもなく、ポンサーリー県のサンパン郡へ赴き、5村で1週間の調査を実施しました。ここでようやく、パザ族社会における親族システムのあり方と、それに結びつく結婚/移住にかかわる社会的構造の輪郭がみえてきました。

サンパン郡での調査はインタビューを中心に進め、パザ人の出自や、現在の居住地にいたる移住の歴史などについて語ってもらいました。また、各リネージ(系族)やクラン(氏族)間の関係を把握するため、それぞれのクランに、名前を覚えている最も古い直系祖先からインフォーマント自身の世代までの系譜を詳しく教えてもらいました。ついでに、通婚関係についても調べることができました。このとき、サイサンパン村で教わった語彙(親族呼称やクラン名など)は調査を進めるうえで大きな手がかりとなり、大変ありがたく感じました。

 


6村のうち最も人口が多く裕福なプサーン・マイ村でのお別れの食事。
もち米の揚げ菓子(
khao pa paa)、川魚、山菜やキャベツの炒めもの、
菜の花の漬けもの、ゆでキャッサバなどが並び、朝食とは思えないほど豪華な食卓でした。

 

私の好物もご紹介します。パザ語で zv̩̀.tɕɛ̀ pɤ=tsɔ̂-ɤ(直訳:「苦いタケノコを煮込んで食べるもの」)
とよばれる一品です。赤いアガティの花(
Sesbania grandiflora、ラーオ語ではdɔɔk khɛɛ/dok khae
のほろ苦さともち米のやさしい甘さが絶妙なハーモニーを響かせます。

 

今回の調査は、私にとって初めての「本物」のanthropological fieldworkであり、一研究者としての「成人式」のようなものだったともいえるでしょう。世界のどこにも記されていない知識や情報をたくさん手に入れ、そこにはいかなる現実が潜んでいるのか、考えただけでわくわくしてしまいます。そしてその「現実」への理解は、おそらく決してたどり着くことのない地平にあると承知しながらも、それを身をもって感じてしまうまでは、私は可能なかぎりそこへと近づこうとするでしょう。

(文責:李子陽)