本申請課題は、代表者が責任研究者をつとめた最先端・次世代研究開発プログラム(内閣府)の研究プロジェクト
『パプアニューギニア高地人がサツマイモを食べて筋肉質になるのはなぜか』(平成22~25年度)の成果、研究設備、研究ネットワークを前提として計画されたものである。腸内細菌叢を移植した動物を用い
た実験、パプアニューギニアでの観察研究など、これまでより踏み込んだ方法論を採用することにより、低タンパク適応の謎を、腸内細菌の役割に着目しながら
具体的に解明することを目指している。
2000年ごろまで、人間の腸内細菌の研究は、感染症の原因となる病原性細菌およびビフィズス菌をはじめとする一部の好
気性菌を対象にしたものに限られていた。その背景には、大部分の腸内細菌はただ腸管に存在するだけで何らホストへの影響を及ぼしてないと信じられていたこ
とがある。そもそも、腸内細菌の大部分は難培養性の嫌気性菌であり、腸管内にどのような細菌がどのくらい存在するかという、基本的な状況すら明らかではな
かった。
ところが、近年、腸内細菌が人間の栄養状態および健康状態と密接に関連していることを示す研 究が多く発表されるようになった。たとえば、ワシントン大学のゴードン教授のグループは、肥満の人間とそうでない人間は、異なる腸内細菌叢を有し、肥満の 人間のもつ腸内細菌叢を移植したマウスは肥満になることを報告した(Vanessa et al, 2013)。一方、アフリカのマラウィ国でおおく発症するクワシオコルという成 長障害の研究のなかで、クワシオコルを発症した子どもがもつ腸内細菌叢をマウスに移植したところ、そのマウスがクワシオコル様の成長障害の症状をみせたこ とが報告され、腸内細菌叢が子どもの成長障害に関与していることが示唆された(Smith et al., 2013)。潰瘍性大腸炎、クローン病などの炎症性疾患と腸内細菌叢との関連 を検討する研究もおおい。
本プロジェクトでは、すでに作成された「低タンパク適応」に関与する腸内細菌の候補リストに ある細菌のそれぞれについての詳細な検討、窒素固定と尿素再利用の「低タンパク適応」に対する相対的・絶対的寄与量の評価をおこなう予定ある。それができ れば、タンパク質摂取量の少ない状況にある人類の具体的な栄養適応のメカニズムを明らかにできると考えている。戦略として、本研究では、(1)「低タンパ ク適応」の状態にある個人から収集した糞便(腸内細菌叢)を移植したマウスをもちいた動物実験、(2)パプアニューギニアにおける観察研究を実施すること を計画している。
本研究課題は、パプアニューギニア高地で1991年から今日まで栄養人類学の調査を実施してきた代表者が、世界でも最先端の環境細菌ゲノム解析の能力を有 する分担者、および腸内細菌の解析に豊富な経験をもち、腸内細菌叢の移植実験が可能な動物実験モデルを確立している分担者、2010年より共同研究の実績 のある生化学者と共同で実施する点に特徴がある。これまで人類の低タンパク適応のメカニズムを具体的に解明した研究はなく、一方、腸内細菌の栄養機能のな かでタンパク栄養とのかかわりに着目した研究もない。本申請課題を実施することで、人類の適応能にかかわる世界で最初の発見につながる可能性があると考え ている。
国立社会保障・人口問題研究所の将来人口推計によると、2012年の国勢調査で1億2800万であった日本人口は、2060年
には8670万に減少すると予想されている。また、少子高
齢化の進展によって、たとえば、2060年の出生数は、そ
の年の95歳人口に等しくなる。このような日本人口の少子
高齢化は、現役世代の社会保障負担の増大、それにともなう世代間の公平性の欠如などにつながることが懸念されている。
これまで代表者および分担者の研究グループは、高齢化社会にむけての有効な対処策を検討する研究をすすめてき
た。図は、その成果のひとつである(梅崎・石川 2014)。この図では、日本において現段階で実施あるいは検討されている高齢化への人口学的な対処方策が成功した場合の将来
的な従属人口指数(社会負担の指標)の推移が、対処方策が成功しない場合のシナリオ(図の
なかでは、基準将来人口と示されている)との対比で示されている。たとえば、少子化対策が成功し2010年に出
生率が置き換え水準を回復したシナリオ(1)では、50年
後の従属人口指数は基準将来人口と大差ない。留学生が18歳人口の10%を
占めるほど増加したとしても、(シナリオ2)、従属人口の上昇傾向は変わらない。この分析が示唆するのは、少子化対策、移民の増加、老年人口の開始年齢の延長など、
現段階で検討されている対処方策が全て実行され、想定される効果をあげたとしても、日本社会の高齢化傾向が将来的に増大していく傾向はかわらないというこ
とである。
こ れらの検討をふまえ、代表者と申請者のグループは、日本においては高齢化を前提とした社会設計が重要であり、そのための基礎データの蓄積が必要であるとの 結論にいたった。これまで、千葉県の木更津市と兵庫県の南あわじ市で、行政機関、農協、老人クラブ、小売業界、自治体などへの予備的な聞き取り調査を進め ている。そのなかで明らかになったことは、人口の高齢化は、地域環境の「高齢化」をひきおこし、それは地域の居住する高齢者の健康に大きな影響をもちうる ということである。たとえば、高齢化が進むことで地域の購買力が低下し、生鮮食品を扱う小売店が減少することで、野菜や肉・魚の摂取量が減少し、漬け物、 菓子パンや卵など日持ちのする食品の過剰摂取を懸念する声をいろいろな場所できいた。また、青年部、自治会、婦人会などの、相互扶助組織の活動が停滞し、 結果的に地域に存続してきた祭りや行事の運営が難しくなっていること、しかし一方で、道の駅の運営グループや趣味のサークルなど活動が活発化している組織 もあることがわかった。一方で、高齢者といっても昔に比べて今は身体的に若いのだから、年寄り扱いしないで、高齢者も社会の担い手であるとの文化を醸成す ることの重要性も指摘された。
本申請課題の目的は、地域の人口構造が高齢化することが、その地域に居住する高齢者の健康に与える影 響を多角的・定量的に評価することである。本源的にこの分野の問題は複雑な構造をもっているので、地域間比較、日本全体への普遍化などを意識して、トピッ クごとに仮説をたてて、それをたたき台として検討するという戦略をとった。以下が、それぞれの仮説である。
(1)買い物環境と食生活:高齢化にともなう地域の購買力の減 少により、いわゆる買い物環境が悪化し、生鮮食品の摂取量が低下し、日持ちのする食品の摂取量が増加する。その結果、サルコペニアや高血圧、高コレステ ロール血症のリスクが増加する。
(2)高齢化と感染症リスク:地域人口の高齢化によって、イン フルエンザをはじめとする感染症の主たるスプレッダーである子供の人口割合が減少すると、地域全体としての感染症の拡大リスクは低下する。
(3)健康年齢の伸長:平均余命の伸長にともない活発な日常生 活に必要な身体活動をおこなうことのできる年齢も伸長する。したがって、地域人口の高齢化がそのまま地域活動の減少を意味するわけではない。
(4)新しい社会関係資本:地域の社会機能を担う世代が高齢化 することに対応して、従来の社会関係資本(たとえば、婦人会など)が衰退する一方で、新しいタイプの社会関係資本(たとえば、道の駅の運営グループなど) が形成される。
高齢化のありかたは、日本のなかでも地域によって様々である。実際の調査は、都市中央部、都市近郊農
村、限界集落地域を対象に実施する。これらの調査地域は、高齢化のありかたの多様性と、調査の実際的な利便性を考慮して選んだ。研究期間内に、5つの地域
において4つの仮説について結論をだすための定量データを収集する。調査の実施にあたっては、検討する仮説ごとに、その分野を専門としてきた研究者が理論
的・方法論的な妥当性について責任をもつ。
本 申請課題は、人類生態学の研究者が中心となって組織するはじめてのジェロントロジー研究プロジェクトである。方法論的には、人類学で一般的な参与観察的な 聞き取り調査によって問題を発見し、それを定量的なデータ収集によって統計的に証明するというアプローチに特徴がある。また、健康の問題は、自然環境、社 会環境、社会制度/組織、個人の行動、規範の相互作用に よってうまれるという理解のもと、買い物環境と食生活、高齢化と感染症リスク、健康年齢の伸長、新しい社会関係資本という異なる側面のデータを、同一の地 域を対象に収集し、それらの相互関係性の分析を意図していることも独創的な点であるといえる。
本 申請課題で収集するデータは、高齢化を前提とした日本社会の設計のための基礎となるものである。どのような買い物環境がどのような栄養素の欠乏あるいは過 剰と関連しているのか、それは都市部と農村部ではどのように異なるか、高齢者の日常生活あるいは社会を担う能力は地域の社会関係資本のありかたあるいは食 生活と関係しているのかどうか、地域の高齢化にともなう感染症の拡大リスクの変動は高齢者の健康にどのくらいのインパクトをもちうるのかなど、個々の仮説 の検討を超えた要素間の関連分析によって、避けることのできない日本の高齢化社会に対して、さまざまな側面からの政策提言も可能になると考えている。
本プロジェクトの目的は、近年、ほとんどの地域集団で拡大傾向にある世帯間の格差に焦点をあて、それがどのよう
なメカニズムで拡大しているのかを、インドネシア・西ジャワを対象としたケーススタディーとして明らかにすることである。本研究でいう格差とは、単に経済
的な格差だけでなく、生業パタン、食生活、健康状態、家族構造、経済活動など、人間の生存にかかわるさまざまな側面のものを想定している。対象地域では、
世帯間の格差が経時的に拡大したことを観察してきたものの、世帯間の格差が拡大した具体的なメカニズムは明らかではない。農村社会における格差の拡大、特
に経済格差の拡大は、農村経済学や開発経済学の中心的な課題であり、これまで村落間の経済格差の生成、男女差の経済格差の拡大/縮小についてはおおくの研
究の実績がある。しかしながら、本申請課題で提案するように、経済格差にとどまらず、生業パタン、食生活、家族の構造、健康状態など、個人のふるまいに着
目しながら、ミクロなレベルで世帯間の格差が拡大するメカニズムを研究した例はほとんどない。